えみ子

フミオは自分の嗚咽で目が覚めた。
腕時計は青白い蛍光針で二時をさしている。
山の夜にしては静かで、テントが軽く揺れる程度である。
フミオは動悸が収まって行くのを感じながら、
今見た夢を振返った。
太陽を左前方に感じながら、
遠くまで見通せる道を、ゆっくりと歩いていた。
春のように暑くもなく寒くもない日の
陽が西に傾きかけた頃である。
5、6人の女学生が各々、手にぬいぐるみを持ち、
笑ったり、ふくれたりしながらフミオを追い越して行った。
遠ざかって行く女学生たちとは反対に
フミオの方に向かってゆっくり歩いて来る女性がいる。
その女性はうつむき勝ちで
緑の長すぎるカーディガンに手を突っ込んでいる。
それはぼんやりとした歩き方だった。
すれ違いざま、その女性はフミオに微笑んだ。
えみ子である。
しかしフミオの記憶の中にあるえみ子とは違っていた。
口元に深い皺が一本増えていたのだ。
童顔のえみ子には似つかわしくない、
疲れきった微笑みである。
それから夢は一度消え再び現れた。
次は夜である。
道路でえみ子の子どもがひとりで遊んでいた。
そしてフミオはその子の相手をしてやっていた。
三階建てのアパートの二階の窓にえみ子がいた。
えみ子はヒステリックな声で
子どもに部屋に入るようにとわめいている。
そしてピアノを弾きだした。
弦を無理矢理叩いたその音は、
夜の闇に充満していった。
フミオはただ悲しかった。そして泣き始めた。
フミオは再び寝れなかった。
山の空が白み始めて、鳥が騒ぎ始めた頃
テントを畳んだ。
by nakarahanjaku
| 2011-02-15 13:46
| 小説

